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- 講師: 李愛淑 (国立韓国放送通信大学教授、国際日本文化研究センター外国人研究員)
- 日時: 2015年12月10日(木) 6:30~8:00 pm
- 会場: 国際文化会館 講堂
- 用語: 日本語 (通訳なし)
- 共催: 国際文化会館、国際日本文化研究センター(日文研)
- 会費: 無料 (要予約)
『源氏物語』は日本を代表する古典として、現代語訳はもちろん、映画や漫画などの加工文化を通して幅広く享受されています。その<王朝><女性>という言葉の喚起する華やかな王朝イメージ(みやび)は現代でも流通され、消費されています。さらに、世界の多くの国でも翻訳を通して『源氏物語』は日本文学や文化を代表する作品として名声を得ています。隣国の韓国でも韓国語訳、漫画やアニメ、映画などの形で、異国の王朝物語として紹介されており、広範囲で受容されているかのように見えますが、その内実は異なります。『源氏物語』の認知度は高くなく、ほとんど無名に等しいと言えます。その表裏の矛盾をどのように解釈すべきでしょうか。逆説的にそこから、世界文学としての『源氏物語』の可能性が拡大していくのではないでしょうか。そのことを<王朝>と<女性文学>を軸として李氏に読み解いていただきます。
略歴: 李愛淑
1995年、東京大学大学院(国語国文学専攻)にて文学博士号取得。 現在はソウルの国立韓国放送通信大学日本学科教授。専門は平安朝物語文学(源氏物語)。近年、「王朝時代の女性と文学―日本と朝鮮の場合」(『王朝びとの生活誌―『源氏物語』の時代と心性』森話社、2013年3月)、「恨(ハン)と執の女の物語―比較文学的視点から―」(『アナホリッシュ国文学』第4号、2013年秋)、『色彩から見た王朝文学』(笠間書院、2015年3月)などの論考を通して、日韓の比較文学・文化研究に取り組んでいる。主著に『日本の小説』(韓国放送大学出版部、2012年)など。
レポート
『源氏物語』のとりこになって30年という日文研外国人研究員の李愛淑教授。アイハウスの講演では、世界最古の長編小説と言われる同作品が持つ普遍的な魅力や、母国・韓国における翻訳事情、さらに両国の王朝で生まれた女性文学の類似性などについて、ユーモアを交えて熱く語った。
◆『源氏物語』は世界文学か?
そもそも「世界文学」とはいかなるものか。李教授は「翻訳を通して、時間と空間を超えて読み続けられる作品」と定義する。『源氏物語』は11世紀初め、宮中に仕えていた紫式部によって描かれた、日本を代表する古典文学。千年のときを経て、今では現代語訳はもちろん、英・韓・中・伊・仏・露・西語に加えてスウェーデン語、オランダ語、チェコ語、クロアチア語など、さまざまな訳版が出版されている。「『源氏物語』が世界文学であることは確かです」と李教授。だがシェイクスピアやトルストイなどの名作に比べ、世界の一般読者の認知度は必ずしも高くない。李教授はその理由を母国・韓国を例に解説した。
◆韓国の社会背景と翻訳事情
韓国における日本の大衆文化は、1965年の国交正常化後も公の場では禁じられてきた。しかし98年の金大中大統領の訪日を機に、2004年の全面開放まで段階的に開かれていく。『源氏物語』は1973年~2008年まで4度にわたって完訳されたが、こうした背景から初期の訳本は表紙が非常に地味で、内容も専門家でなければ理解できないレベルだったという。「一般人の平安王朝に対する共通認識がないまま、韓国語訳に移植してしまったわけです」。
開放後は日本の現代小説ブームに乗じて、瀬戸内寂聴による現代語訳や漫画『あさきゆめみし』の韓国語版(2007年、2008年)が華麗な造本で登場する。だがビジュアルを重視したがゆえに、韓国読者から「少女漫画っぽい」「リアリティがない」と評され、「結果的に読むことをけん引できなかった」と李教授は分析する。2015年には1973年版の改定版が出版されたが、「表紙の絵を見て唖然としました。これ…浮世絵ですよね(笑)」。
◆『源氏物語』の大いなる魅力
こうした韓国の状況に対して「研究者として十分な役割を果たしていない反省もあります。『源氏物語』は世界文学として実に立派な作品だからです」と語る李教授。その魅力はまず、日本の文化遺産としての価値にあるという。いわゆる美的王朝と呼ばれる、絢爛豪華な絵巻風の世界だ。それは国宝・源氏物語絵巻(12世紀、作者不明、徳川美術館および五島美術館所蔵)によって余すことなく写しとられている。
そしてもう一つが物語としての魅力。千年以上も前の世に生きた光源氏の色とりどりの恋模様や政局争いなどを通じて、人生の栄華と苦難を描いたこの作品が、なぜ時空を超えて読者の心に響くのか。「それは私たちがこの作品の中に、現実の人間ドラマを発見し、共感できるからです。人の心の揺れを巧みに描き出した紫式部は、人間の本質というものに大きな関心を抱いていたのでしょう」。
◆抑圧された女たちの戦略的エクリチュール
11世紀の日本で最初に成立した女性文学は、17世紀の朝鮮王朝やフランスの貴族社会でも花開く。中でも注目されるのは、男性が使う「中心語」としての漢字に対して、かな文字やハングルなど新たな文字体系によって女性文学が誕生した点だという。「男中心の社会において、女は受動的な存在でありながら、書き物の世界においてはかなり力動的で、自己表現できる存在だった。そこには女たちの戦略的エクリチュール(語り口)という類似性が確認できます」。
『源氏物語』を外国から見ることで、やはりこの作品が日本の国文学という領域を超え、世界文学として読まれるべき作品だと実感したという李教授。今後は自ら『源氏物語』の翻訳に挑戦し、世界文学としての地平を拡大していきたいとの意気込みを語り、「いつか『源氏物語』がシェイクスピアと同じような世界文学になる日を夢見ながら」と講演を締めくくった。
2014年度より、国際文化会館(アイハウス)と国際日本文化研究センター(日文研)は、多角的に現代日本や日本人理解を深めるためのフォーラムを、シリーズで開催していきます。