東京に20年以上暮らし、現在は英『ザ・タイムズ』紙アジア編集長および東京支局長として日本社会を見つめ続けているリチャード・ロイド・パリー氏。東日本大震災で全校児童108人のうち74人が死亡・行方不明となった大川小学校を、6年にわたって取材したルポルタージュ『Ghosts of the Tsunami』を2017年に発表し、2018年には邦訳『津波の霊たち』が出版され大きな反響を得た。ロイド・パリー氏に、著作について、外国人ジャーナリストとして日本で活躍することについてお聞きした。
[2018年3月]
1969年、英国・マージーサイド州生まれ。英『ザ・タイムズ』紙アジア編集長および東京支局長。オックスフォード大学卒業後、95年に『インディペンデント』紙の特派員として来日。2002年より『ザ・タイムズ』紙へ。日本、朝鮮半島、東南アジアを担当。在日歴は20年以上。主著に、東京で失踪した英国人ルーシー・ブラックマンの事件を追った『黒い迷宮』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)があり、『Ghosts of the Tsunami』は英文学賞のラズボーンズ・フォリオ賞を受賞した。
『Ghosts of the Tsunami』の舞台の一つとなったのは、宮城県石巻市の大川小学校。里山と水田に囲まれた、北上川の河口にほど近いこの学校では、近くに安全な避難場所がありながら、子どもたちは校庭に待機させられ、大津波にのみ込まれた。あの日、一体何があったのか。本書ではその経緯と背景をはじめ、学校や教育委員会に対する親たちの憤りや葛藤、遺族間の対立、県や市を相手取った訴訟に至る様子が、丹念な取材によって描き出されている。またロイド・パリー氏が着眼したもう一つの出来事が、震災後に各地に頻発した心霊現象だ。亡くなったはずの人々を、“乗客”としてかつての自宅へ送り届けるタクシー運転手。わが子の亡きがらを見つけ出そうと霊媒師を頼る母親。その哀しみや痛みが、ロイド・パリー氏の語りによって読み手の心に確かな感触を伴って押し寄せてくる。
―近著の『Ghosts of the Tsunami』が、イギリス、アメリカに続き、日本でも今年1月に出版されました。これまでの反響はいかがですか?
かなり大きいですね。大川小学校の話は日本国外ではあまり知られていませんし、幽霊の話にいたっては全くと言っていいほど知られていません。原書は日本の事情を知らない海外読者に向けたものなので、日本語化にはやや不安もありましたが、外国人の視点で捉えた震災ルポという意味で、日本人読者にも注目されたようです。取材先の方々からも温かい言葉をもらい、安堵(あんど)しました。3月にはフランス語版が出版され、今後はベトナムでも出版の予定です。
―この本では非常に綿密な取材を通して、大川小学校の事故をめぐって起きたさまざまな問題を浮かび上がらせています。そもそも執筆のきっかけは?
震災直後から『ザ・タイムズ』紙に記事を書き始めましたが、早い段階で、この未曾有(みぞう)の大災害をきちんと伝えるには、新聞ジャーナリズムのような短信ではなく、書籍程度の長さが必要だと気づきました。しかし、これほど大規模な災害をすべて網羅するのは無理があるので、アングルを選ぶ必要があった。その数カ月後に、大川小学校や心霊現象のことを知ったのです。
以来現地に通って取材を続け、1年以上たった2012年末、ようやく本の執筆を決めました。本を書く際、私はいつも小さな物語をいくつも集めて、そこから見えてくる大きな話を語るという手法を取っているのですが、この時点でようやく伝えるべき話が見えてきたんです。でも決して簡単な決断ではなかったですね。通常、取材や執筆は何年にも及びますが、大川小学校のような痛ましい出来事にどっぷりと浸かるには覚悟が必要でした。
―欧米では原発事故の影響に対する関心が高かったと思いますが、大川小学校や幽霊の話に着目したのはなぜですか?
原発事故については、意図的に触れませんでした。もちろん福島の事故はそれ自体が大変忌まわしい災害、というより犯罪です。それにイギリスは原発所有国なので読者の関心も当然高かった。しかし犠牲者の数で見ると、避難所で死亡した人々を除けば、原発による直接の死者は出ていないんですね。これに対して、津波の犠牲者は約1万8,500人にのぼります。
その中で、74人の児童と10人の教員が犠牲となった大川小学校は、津波によってこれほど多くの死者を出した唯一の小学校でした。日本のように防災意識の高い国で、しかも学校という安全な場所にいながら、これだけ多くの幼い子どもたちの命が一度に奪われた。しかもそれは明らかに防ぐことができたという意味で、これは幾多の震災被害の中でも最も悲劇的な話の一つだと感じました。
もう一つのテーマである心霊現象については、震災後半年ほどたって、東北各地で幽霊の目撃情報や、死者の霊に憑りつかれた人々と彼らの除霊を行う僧侶の話を耳にするようになりました。震災直後の混乱が一段落し、衣食住が整ってくると、人々はようやく震災の日の出来事を振り返るようになるんですね。するとPTSDなど心の傷が表出し、幽霊が現れ始める。東北は『遠野物語』やイタコのようなシャーマニズムが育まれた場所ですし、決して不思議なことではないんですよね。死者の世界が日常のごく近くにある。ある学者の話では、阪神淡路大震災や広島・長崎の原爆などでは、犠牲者の数がはるかに多かったにもかかわらず、こうした話は聞かれなかったそうです。
私自身は幽霊の存在や超常現象を信じていませんが、それは重要ではありません。重要なのは、人々にとってはその経験が現実だということです。そして、そうした経験は津波の恐怖に直面した人々だけでなく、東北という土地、さらには文化全体が津波によって被った巨大なトラウマの象徴であるように思えたんです。この震災が物理的な被害だけでなく、精神面でもいかに大きな傷跡を残したか、それもこの本で伝えたかったことでした。
―ロイド・パリーさんは20年以上東京にお住まいですが、震災後7年がたち、東京人の暮らし方に何か変化を感じますか?
実生活の面で言えば、防災意識がより高くなったことは間違いないでしょう。おそらく全国の学校で防災マニュアルの見直しが行われたと思います。東京でもいつ大規模地震が起きてもおかしくありません。仮に来週そうした震災が起きたとしたら、人々はより迅速に行動するはずです。
ただ、東京の日常は震災前とさほど変わらないですね。最初の数カ月間こそ、節電キャンペーンが打たれて街全体が暗くなりましたが、それも今では元通りになりました。原発事故についても、何も教訓が得られていないように感じます。これほど地震や津波や火山の影響を受けやすい国が、果たして原発を持つべきなのか、大いに疑問です。日本はもっと活発にこの議論を続けていくべきだと思います。
―外国人ジャーナリストとして日本で働く中で、英国のジャーナリズムとの違いを感じることはありますか?
一概には言えませんが、役割や本質に違いがあると思います。英国のジャーナリストや主要新聞は、権力あるものに対して盾突くことにプライドを持っています。それが自分たちのやるべき仕事だと自覚しているのです。決して権力者たちを困らせることが目的なのではなく、 大企業や大物政治家たちの不正を暴くことがジャーナリストとしての誇りなのです。もちろん例外はありますが、日本のジャーナリストや新聞は逆で、対立を避けようとする社会的気質のせいか、権力を持つ機関を批判することに消極的だと思います。
―ジャーナリズムの世界に入ったきっかけは?
ジャーナリストを志望し始めたのは大学生の頃でした。執筆と旅行が好きだったので、卒業後に就いた外国特派員の仕事はまさにうってつけでした。いろいろなジャーナリストがいますが、私は書くこと自体、特に一人で自由に言葉を並べていくのが好きなんですね。もちろん事件を報道することにも充実感を得ています。最近は相当量の情報がネットやテレビで手に入りますし、人との会話も電話で済んでしまいますよね。でも、最も大きなやりがいを感じるのは、例えば東日本大震災のような大惨事が起き、まだその実態がわからない段階で、現場に駆けつけ、目撃したことを報道することです。本来はそれこそが報道する者の役割なのですが、最近では驚くほど少なくなりました。
―日本に限らず、優良な記事や書籍があっても、最近は人々の活字離れが懸念されていますが・・・?
ソーシャルメディアとポータブルデバイスが普及して、人々が長い記事をあまり読まなくなったのは確かです。でもそれに対する揺り戻しもあるように思います。『津波の霊たち』は、オンラインで掲載された記事がベースとなっていますが、読むのに45分程かかる長いものでした。でも大変多くの人にシェアされました。オンラインでも、深みのある良質な記事を読むことはできます。見出しだけ読めば、中身を読まなくてもわかってしまうような短い記事がまん延したことで、逆に長いものを読みたいという人々の欲望が掻き立てられたのかもしれませんね。Longreadsというアメリカのサイトでは、ウェブ上で読める、優れた長い読み物を数多く紹介しています。私は客観的な視点で物事を語るスタイルの執筆が好きなので、多少長くなったとしても、人に寄り添いながら、個人的な体験を詳細に伝え、そこから大きな何かを示したいと考えています。
―この10年程でいくつもの海外メディアが東京支局を閉鎖したり、人員削減に踏み切りましたが、海外メディアは日本をどう見ているのでしょうか?
『ザ・タイムズ』をはじめ、『ニューヨーク・タイムズ』や『フィナンシャル・タイムズ』は現在も東京に拠点を持っています。それは新聞にとって、日本が世界にニュースを発信するのに重要な拠点だからです。私は北朝鮮や韓国、東南アジアも担当しているのですが、確かに最近は朝鮮半島や中国が注目されがちです。でも日本はその経済の大きさや、重要な外交における立ち位置、それに米軍基地を保有している、さらにはポップカルチャーなどのソフトパワーがあるという点でも重要視されています。
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4月26日、大川小学校の児童23人の遺族が、石巻市と宮城県に対して損害賠償を求めた訴訟の判決が出た。仙台高裁は「事前防災に不備があった」として市と県に14億3,617万円の賠償を命じた。それに対して市と県は判決を不服として最高裁に上告した。
―この結果を聞いてどう思われますか?
市と県が犠牲者の家族の苦しみを長引かせようとしていることに、憤りを覚えます。市と県が一審の判決を受け入れていれば、こうして遺族の痛みや不安が引き延ばされることはなかったかもしれません。遺族側が損害賠償金を得られたとしても、彼らの哀しみの深さを考えると慰めにもならないように思えます。
東日本大震災はまだ終わっていません。『津波の霊たち』は複数の言語に翻訳されていく予定ですので、震災についてお話しする機会も増えていくと思います。世界の関心が薄れないためにも、継続的に発信していきたいと思っています。
このインタビューは2018年3月20日に行われたものです。
聞き手:小澤 身和子/笹山 祐子(国際文化会館企画部)
インタビュー撮影:コデラ ケイ
©2019 International House of Japan
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