(対談)古賀 義章氏 × アンシュ・グプタ氏
「変わりゆくインド ―ソーシャル・ビジネスの可能性」

都市部の経済発展が目覚ましいインド。しかしその深層には、農村部の貧困や都市部で深刻化するゴミ問題などが潜んでいる。そのインドで古着を利用したソーシャル・ビジネスを展開するアンシュ・グプタ氏が、2017年度の「日印対話プログラム」で来日。インドの子どもたちに環境・衛生教育を目的とした日本の絵本を読み聞かせるプロジェクトを立ち上げた古賀義章氏と、インドのソーシャル・ビジネスの可能性について語り合った。

[2017年9月]

アンシュ・グプタ/NGO Goonj 創設者
1970年生まれ。「Clothing Man(衣服の人)」としてインドで広く知られる社会起業家。大学でマスコミュニケーションを学び、経済学修士号を取得後、フリージャーナリスト、民間企業勤務を経て、98年に非営利団体Goonjを創設。都市で不要になった布材が、農村部では価値ある資源であることに着目し、それらを農村部で労働に従事した人々への対価として提供する活動を18年間にわたって続けている。2015年には“アジアのノーベル賞”とも呼ばれるラモン・マグサイサイ賞を受賞。

 

古賀 義章 (こが・よしあき)/講談社インド事業担当
1964年生まれ。講談社海外事業戦略部担当部長。「週刊現代」、「フライデー」で記者、編集者を務めた後、2005年に国際情報誌「クーリエ・ジャポン」を創刊し、初代編集長に就任。12年、アニメ「巨人の星」をインド版にリメイクした「スーラジ ザ・ライジングスター」を企画・制作。16年、自ら提案したインドでの環境・衛生教育を目的とする絵本の読み聞かせプロジェクトが、国際協力機構(JICA)の公募事業に採択される。現在はひと月の3分の1をインドで過ごす。

 
古賀: グプタさんがソーシャル・ビジネスを始められたきっかけは?

グプタ:自分の人生で衣服がこれほど重要になるとは思いもしませんでした。ジャーナリスト時代に、身元の分からないホームレスの死体を回収しているという男性に出会ったのが始まりです。彼は死体を集めて火葬場まで運び、報酬として1体ごとに20ルピー(約30円)と2メートルほどの布地をもらっていました。夏場だと、1日に半径4~5キロの範囲で4~5体の死体を拾うが、寒い冬には10~12体にまで増えるのだと言う。さらに、5歳くらいの彼の娘さんが、寒くなると死体を抱きしめて寝ると言うのを聞いたときは、本当にショックでした。冬になると、着る物がないせいで人が死ぬという事実を初めて目の当たりにしたわけです。しかも、それは未然に防げる死だと気付いた。そこで1998年に、衣服の問題に取り組むということ以外は何も決まっていないまま、Goonj(グーンジ)を立ち上げました。

古賀:NGO大国と呼ばれるインドですが、Goonjは他の団体とどう違いますか?

グプタ: 私たちの「Cloth for Work」というプロジェクトは、農村の人たちが必要としている開発活動、例えば橋や道路の建設や、井戸を掘るといった活動、そして教育格差の是正に努めています。活動には地元の人々にも参加してもらい、その労働対価として、彼らは家族に必要な一袋分の物資を受け取ります。

そもそも私たちは、慈善事業ではないことをやろうと考えてスタートしました。それは村人たちの尊厳を大切にしたいと考えたからです。91年に起きた地震の被災地を訪れた際、村の最大の資産は村人の自尊心だという話を聞きました。村人が尊厳を持って生活しているのなら、慈善を施す余地などありません。施しを求める「物乞い」という行為は、あくまで都市の現象なのです。私たちにとって「尊厳」は大切なキーワードで、慈善は尊厳を奪うと考えています。もちろん最初は、村の公共物を建設したり、労働の対価としてモノをもらう習慣がない村人に私たちのコンセプトを理解してもらうのは大変でした。中には古い物を受け取らないという人たちもいましたが、そうした時は村人とのつながりが深い地元NGOの協力が助けになりました。


©Goonj

古賀: 前回のインド滞在中にGoonjを訪問した際、グプタさんが現場の意見をよく聞いて物事を進められている印象を持ちましたが、それは意識的にやっている?

グプタ: ソーシャル・ビジネスの中でよく起こる問題は、自分たちが働きかけようとしている相手の言葉に、誰も耳を傾けていないことです。私たちはどうしても自分たちのレンズを通して物事を見てしまいます。こういう問題があるだろうとか、解決策はこれだとか、 勝手に決めつけてしまって、実際に困っている人々の意見を全く聞いていない。でもコミュニティーの問題点や解決策は、現場の人が一番よく分かっているはずです。東京やデリーにいて知れることには限界があります。

例えば水の問題にしても、インドの村々では今も伝統的な井戸がきちんと機能しています。都市部に住んでいると、水道こそが解決策だと思いがちですが、そうではないんですね。都市部であれば、仮に水道システムに何か障害が起きても、すぐに解決することができます。しかし村にはそうした技術リソースがありません。水道だけを持っていったところで、機能しなくなれば、二度と使えなくなってしまうんです。

私たちも実際に農村を訪れ、話を聞くことで、女性が適切な生理用品がなくて困っているという現実を初めて知りました。女の子はその数日間は学校に通えず、教育を妨げる要因になっていた。それで古着を加工して生理用品キットを作ることにしました。

古賀: 人の声を聞いて社会を変えようとすることは、ジャーナリストでもできたはずですよね。なぜあえてソーシャル・ビジネスを?

グプタ: 人々の意識を喚起するために話をすることも大切ですが、それはなすべき仕事の一部に過ぎません。他に重要なのは実際に活動することであって、実行する人たちが不可欠です。考えを広める人が1人いるとしたら、それを実行する人は10人必要になる。そうすることで何千人という規模へ広がっていきます。今の世の中には「考える人」はもう十分にいます。より必要なのは実行する人なんですね。小さなことからでも、まずは行動することが大事だと思います。古賀さんも出版社に勤務されながら、自ら行動されていますね。

古賀: はい。私は学生時代に旅したインドで、人々の「生きる力」に魅せられて、いつかインドでビジネスがしたいと思い続けてきました。2012年には日印共同で「巨人の星」をインド版にリメイクしました。その後、さらに広く社会で必要とされ、受け入れられるものは何だろうと考えた結果、昨年『もったいないばあさん』(真珠まりこ著/講談社)という環境教育絵本の読み聞かせプロジェクトを立ち上げました。インドの環境汚染は今や深刻な問題です。2014年にはモディ政権が「Clean Indiaキャンペーン」を打ち出し、2兆ルピーを投じてトイレの設置などインフラ整備を始めま した。

しかし一番の問題は、人々の意識改革だと感じたんです。そこで4つのR(Reduce、 Reuse、 Recycle、Respect)を内包する「MOTTAINAI」という言葉を通じて、将来を担う子どもたちに、モノを大切にする心や自然をリスペクトする心を広めることで、インド社会に貢献し、出版社としても健全なビジネスができると考えました。

グプタ: 素晴らしい活動ですね。Goonjのコンセプトとも似ていると思います。私たちは現在、毎年3,000トン近い古着や靴、学校用品といった雑貨を扱っていますが、ゴミとしてリサイクル処理する前に、モノが最後まで十分に使われたかどうかを問い、活用しきってから再資源化するよう呼びかけています。都市部の子どもが使っていた水筒が、半年後に少し色あせたり、付いているキャラクターが古くなったりしても、その水筒が村にいけば、さらに半年くらいはリユースすることができますから。

古賀: 人口の多いインドの都市部では、年間1億トンものゴミが出ていて、その約40%が放置されていると聞きます。先月デリーに行ったときに、集積されたゴミでできた山に登ったのですが、ビルの10階以上もあるような高さでその量にあらためて驚きました。

グプタ: インドももとは循環型の社会だったんです。でも残念ながら、都市の環境は近年悪化して、街はゴミであふれ返っています。最大の原因はプラスチック製品や梱包材です。インドでは食品廃棄物はほとんどありません。捨てられたとしても、牛や犬が食べてしまいます。ほとんどのゴミが大手企業から際限なく販売されるプラスチック材なのに、誰もそれに歯止めをかけられずにいます。


©古賀 義章

古賀: そういえば、街中で売られているチャイも、以前は素焼きの器でしたよね。飲んだら道に割り捨てられ、そのまま土に帰っていたのに、今はプラスチック容器だから、そこら中に転がっています。

グプタ: 国の発展とともに人口が増え、以前のように広大な土地も残っていません。かつての清潔なインドの街をよみがえらせるには、新たにモノをつくるのではなく、昔ながらの伝統文化や教育、生き方を取り戻す必要があるんです。

古賀:訪問した学校の教師や親御さんたちからは、私たちの取り組みが「忘れていたことをもう一度思い出させてくれる」といった声をよく聞きます。もともとインドにあったのに、経済成長とともに薄らいでしまったリサイクル精神を、日本の「MOTTAINAI」の心でインドに“戻す”ことで、少しでも現状を変えられたらと思いますね。他にはどんな課題に着目されていますか?

デリーの公立校で行った「読み聞かせキャラバン」での子どもたちの反応は上々だった。
 
グプタ: 私は村の問題に取り組まなければ、ますます社会状況は悪化すると思っています。インドは今も国の大部分を農村が占めていますが、ここ数十年、都市部のインフラ整備のみが進み、村の暮らしは無視されてきました。一番大きいのが水の問題、特に農業用水です。水資源の開発によって主産業である農業が改善されれば、現地での雇用が増え、都市への人の流入が軽減され、ひいてはスラム街の問題もなくなる。村の人々は仕方なく都市部へ流れているわけで、決して自ら好んで移り住んでいるわけではありません。問題の根本に立ち返り、村の問題、特に農業と水に取り組むことが必要だと思います。

古賀: Goonjの今後の目標は?

グプタ: 私は当初からGoonjを「組織」としてだけでなく「アイデア」として成長させたいと考えてきました。そのためには、皆さんに私たちのアイデアをどんどんコピーしてもらい、国境を超えて実践してほしい。何か違うと感じることがあれば、積極的に手を加えながら、それぞれの場所に合ったやり方で、広げていってほしいと願っています。

日印対話プログラム
日本とインド両国の人々の結びつきをより強固にするため、2012年の日印国交樹立60周年を機に立ち上げられたプログラム。インド国内で影響力のある人物を招へいし、関係者との意見交換やネットワーク構築を行います。国際交流基金との共催で16年度までに4名を招へいし、17年度からはシャハニ・アソシエイツ株式会社との共催で実施しています。

 


この対談は2017年9月8日に行われたものです。

編集・構成:国際文化会館企画部
インタビュー撮影:佐々木 康
©2019 International House of Japan


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