本イベントは終了しました。レポートはこちら
- 講師: アンドリュー・ガーストル (ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)教授/日文研外国人研究員)
- コメンテーター: 矢野 明子 (ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)ジャパン・リサーチ・センター
リサーチ・アソシエイト) - 日時: 2015年2月12日(木) 6:30~8:00 pm
- 会場: 国際文化会館 講堂 (岩崎小彌太記念ホールから変更になりました)
- 用語: 英語 (通訳なし)
- 共催: 国際日本文化研究センター[日文研]
- 会費: 無料 (要予約・定員120名)
春画を含む浮世絵は、17世紀から発展し、今ではダイナミックな大衆芸術として世界的に知られています。それらは19世紀には西洋の芸術に多大な影響を与えた反面、日本の美術史における立ち位置は近年まで比較的低かったといえます。戦後、日本の研究者が浮世絵の地位を上げようと努力する中、春画は学界の研究対象から外れ、また、20世紀には日本においてダブー視され、最近になって再注目されるまで難しい研究対象となってきました。
本フォーラムでは、昨年大英博物館の春画展を監修したガーストル教授に重要な日本文化の一部として浮世絵の世界に存在する春画、また、浮世絵というジャンル、および近世の日本文化と社会を理解するために春画を研究する意義についてお話しいただきます。特に4年間の国際春画プロジェクト(ロンドン大学SOAS、大英博物館、立命館大学、日文研の共同)とその成果として2013年に大英博物館で開催した展覧会のお話を中心にお話しいただきます。
略歴: アンドリュー・ガーストル
ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)日本研究教授。専門は江戸時代の大衆演劇、文学と芸術。これまで大英博物館において2005年の「大坂歌舞伎の役者と都市文化(1780-1830)」と2013年「春画―日本美術における性とたのしみ」の2つの企画展の企画と図録を担当。主著に「江戸をんなの春画本-艶と笑の夫婦指南」(平凡社新書 2011年); Chikamatsu: Five Late Plays (近松:晩年の傑作集2001)など。
略歴: 矢野 明子
慶應義塾大学大学院博士課程修了。現在はロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)ジャパン・リサーチ・センター リサーチ・アソシエイト。専門は日本美術史(中世近世絵画史)。近著に‘Shunga Paintings before the “Floating World”’, in Timothy Clark et al. (eds.), Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art, British Museum Press, London, 2013, pp. 62-73(「浮世絵以前の肉筆春画」(『春画―日本美術における性とたのしみ』展覧会図録、2013)) 。
レポート
江戸時代に花開き、明治期の近代化とともに衰退した春画の文化—その芸術的・学術的価値が近年、海外で再認識されつつある。2013年にロンドンの大英博物館が開催し、話題となった特別展「春画―日本美術における性とたのしみ」(Shunga: Sex and Pleasure in the Japanese Art)はその好例だ。
本講演では、春画や浮世絵を含む江戸の大衆芸術を幅広く研究し、大英博物館での展示会を監修したアンドリュー・ガーストル教授が、北斎や狩野派の鳥文斎栄之など一流絵師による名作から、古典や教訓書のパロディ版まで多様な作品を紹介。アートとしての美や面白さから、江戸人の性意識、封建社会・儒教思想の中での春画の社会的意義、江戸から明治の近代化に至る受容の変化まで、さまざまな側面からその意義を考察した。
ガーストル教授によれば、江戸から明治初期(1600~1900年)にかけて千点を超える春本や肉筆画や版画が制作された。その技術の精巧さは他のファインアートと比しても全く引けをとらない。江戸時代には身分や地域の違いを問わず、老若男女に楽しまれており、全国に貸本屋がいた。多くは遊郭の売春婦と客の関係ではなく、庶民の男女の情愛が描かれており、中でも生き生きと描かれた女性の姿からは男女平等の理想が感じられる。また「笑い絵」とも呼ばれていたように、ユーモアの概念は春画に欠かせない要素であり、絵に添えられたセリフの妙も見所の一つとなっている。
特に興味深いのは、身分制度による封建社会のもとで、芸術がどんな意味を持っていたかという点だという。江戸時代、庶民は幕府や徳川家の人々に関する一切の公言を禁じられており、文学やアートは社会や政治を批判する唯一の方法だった。また、この時代は儒教の影響で性道徳が厳しくなった時代でもある。ガーストル教授は、抑圧的な体制や道徳に対する民衆の反発が、こうした大衆芸術を開花させる原動力となったとの考えを述べた。
浮世絵や春画を含む日本美術は、19世紀後半の欧州に「ジャポニスム」旋風を巻き起こし、ロートレックやロダン、ピカソなどの芸術家たちに多大なる影響を与えた。幕末には黒船で来航したペリー提督に春画が献上されたという記録もあり、日本国内でも当時は喜ばしき芸術として評価されていたことが伺える。しかし、明治の近代化から戦後まで、春画は恥ずべき文化としてその歴史を封印され、学問的な研究対象ですらなくなってしまう。今では検閲こそないが、春画をタブー視する向きは変わらない。ガーストル教授は「春画論は日本の伝統文化を知る欠かせない要素であり、オープンに研究されるべき」と訴えた。
コメンテーターの矢野明子教授は、2013年の大英博物館での特別展に対する地元社会やメディアの反応などを総括。企画は概ね意図した通りに受け入れられ、好評を博したと語った。現状では日本で同規模の展示を行うことは叶わないが、2015年秋には東京・目白の永青文庫美術館で春画展が予定されており、ぜひ足を運んでほしいと呼び掛けた。
2014年度より、国際文化会館(アイハウス)と国際日本文化研究センター(日文研)は、多角的に現代日本や日本人理解を深めるためのフォーラムを、シリーズで開催していきます。