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- 講師: 大塚 英志 (まんが原作者/国際日本文化研究センター教授)
- 日時: 2015年4月21日(火) 6:30~8:00 pm
- 会場: 国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール
- 用語: 日本語 (通訳なし)
- 共催: 国際日本文化研究センター[日文研]
- 会費: 無料 (要予約・定員200名)
日本のまんが・アニメ表現が海外に「届いた」と日本人の多くは思い込んでいます。しかし、現在の日本は海外のファンたちを「市場」としてしか見ておらず、コンテンツの輸出にのみ熱心で、世界各地で台頭する「まんがを描く読者」の存在に気付いていない、と大塚英志氏は主張します。ウォルト・ディズニーとセルゲイ・エイゼンシュテインを出自に地域文化として成立した日本の「まんが表現」が、フランスのバンド・デシネ、北米のアメコミ、中国で一世を風靡した連環画など、再び「世界」と出会ったとき、その描きかたはどう受け止められ、どう変わっていくのか。日本のまんが表現のどの部分が残り、あるいは捨て去られるのか。世界各所で「まんがの描き方」ワークショップを開催している大塚氏にお話しいただきます。
略歴: 大塚 英志
1981年3月、筑波大学第一学群人文学類卒業。神戸芸術工科大学博士。神戸芸術工科大学先端芸術学部メディア表現学科教授等を経て現職。実作者としてのキャリアを踏まえ、「世界まんが塾」と題して海外で日本まんがの「映画的手法」についてのワークショップを開催。その成果をもとに海外向けのまんが創作入門書を制作中。まんが原作に『多重人格探偵サイコ』(田島昭宇作画、角川書店、1997年以降続巻)、まんが研究の著作に『ミッキーの書式』(角川書店、2013年)など。
2014年度より、国際文化会館(アイハウス)と国際日本文化研究センター(日文研)は、多角的に現代日本や日本人理解を深めるためのフォーラムを、シリーズで開催していきます。
レポート
「世界中で日本まんがブームが起きているというのは、大きな勘違いです」――冒頭からこう切り出した大塚英志氏。政府のCool Japan政策に対しても極めて冷やかだ。それでも海外の愛好者たちにまんがの描き方を教えるのには理由がある。「彼らは日本まんがをそのまま模倣するのではなく、自分なりに自国の文化と融合させながら、新たなまんがを作ろうとしている」。日本国内に閉塞感が広がる一方、海外では「まんがはまだ変化できる余地がある」と感じるからだ。
本講演では、日本まんがの教え方を7年かけてカリキュラム化し、これまでにフランス、中国、アメリカを含む世界8カ国で「世界まんが塾」を開講してきた大塚氏が、日本まんがの成り立ちや現在の立ち位置を冷静に分析しつつ、まんが塾の試みを通して感じた各国の文化的相違や、世界で芽吹く新たなまんがの形などを紹介した。
◆モンタージュ技法と心理描写
大塚氏が指導するのは、まんが1コマを映画のコマに見立てて、複数のカットを連続させて意味をもたせる「映画的手法」という技法。かつてソ連の映画監督エイゼンシュテインが提唱した「モンタージュ技法」を、手塚治虫らトキワ荘グループや劇画家の辰巳ヨシヒロなどがまんがの表現方法として進化させた、現在の日本まんがの本質的な手法だ。日本まんがの読者にとってはほとんど無意識に認識されている技法だが、1コマを「額縁の絵」に見立てる傾向がある欧米では、すべてのコマに安定した構図を求めるがゆえに、特に初心者はまるで一枚の肖像画のような構図を描いてしまうのだという。大胆なショットの切り替えや、余白を使った画面構成も日本まんがの特質の一つ。目線の高さ、角度、近遠などを大きく変化させることで視線の流動が止まらないようにし、登場人物の見えない感情を巧みに描き出す。大塚氏いわく、「方法論においては紙で映画をやろうとし、内容面においては紙で文学をやろうとしたのが日本のまんが」なのだ。
◆「見開き」に見る各国のアプローチの違い
日本と海外における最も本質的な違いとして大塚氏が挙げたのが「見開き」(本や雑誌を開いたときの左右両ページ)に対する考え方だ。フランスやアメリカでは1頁単位で演出するが、これは彼らが単行本の印税よりも1枚の頁をアート作品として売ることで生計を立てているから。さらに中国では、4見開き分を1見開きに入れてしまうため、見開きの概念そのものが全く異なる。
加えて、近年ではウェブまんがの進展が従来の「見開き」の考え方を大きく変えようとしている。従来の手法を捨てきれない日本を横目に、韓国は既存の手法をあっさりと捨て、縦へのスクロール型に進化したという。「映画的な手法を紙の上に持ち込んだ時代が終わったとすれば、この技法をどうやってネット上で変化させるかを考えなければならない」。
◆日本に求められる意識改革
さらに大塚氏は、世界中の日本まんがのファンの存在を単なる「市場」としか捉えていない日本まんが界の姿勢に警鐘を鳴らした。いくら海外で日本まんがやアニメが人気だからといって、商売丸出しで進出したら、反感を買うのは当然のこと。他のアジア諸国から見れば、かつての戦争の記憶を連想する人さえいるという。「文化が国境を超えることに対して、無自覚になってはいけない。まんがやアニメは簡単に国境を超えるが、超えていった先には大きな歴史的・政治的・社会的問題がある。さまざまなコミュニケーション、あるいはディスコミュニケーションを通じて、初めて互いの文化を理解することができる」と、安易な文化輸出に釘を刺した。
講演後には、北京日本学研究センターを卒業し、現在は総合研究大学院大学に留学中のまんが研究者・齐梦菲さんが、石ノ森章太郎の手法を用いて描いた自作品を紹介。ノド(本の綴じ代の側)をなくした横長の見開き構成で、新たなまんがの形を提示してみせた。