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- 講師: 荒木 浩 (日文研教授)
- コメンテーター: ゲイ・ローリー(早稲田大学教授)
- 日時: 2018年1月30日(火) 6:30~8:00pm (開場: 6:00 pm)
- 会場: 国際文化会館 講堂
- 共催: 国際日本文化研究センター
- 用語: 日本語(通訳なし)
- 会費: 無料
- 定員: 100名 (要予約)
世界文学としての評価も高い『源氏物語』には、今後、広く国際的な視点からのユニークな読解や作品構造の再発見が期待されます。その呼び水の一つとして、本講演では荒木教授にインドや東南アジアからの視野も重ねながら、常識的な『源氏物語』像をくつがえす読みの可能性を共有いただきます。
京都大学にて博士号取得(文学)。大阪大学大学院教授を経て、2010年より現職。総合研究大学院大学教授を兼任。国文学研究資料館併任助教授、コロンビア大学客員研究員、ネルー大学、チューリヒ大学、ベトナム国家大学、チュラーロンコーン大学、ソフィア大学で客員教授を歴任。専門分野は日本古典文学。主著に『徒然草への途』(勉誠出版、2016年)、『かくして「源氏物語」が誕生する』(笠間書院、2014年)、『説話集の構想と意匠』(勉誠出版、2012)、編著に、『夢と表象』(勉誠出版、2017年)、『夢見る日本文化のパラダイム』(法藏館、2015年)、『中世の随筆』(竹林舎、2014年)などがある。
オーストラリア生まれ。1984年オーストラリア国立大学アジア研究学部卒業、1987年日本女子大学日本文学研究科博士課程前期課程終了後、英国ケンブリッジ大学東洋学部で勉強、1995年同大学博士号取得後、2001年に早稲田大学法学部助教授を経て現在法学学術院教授・早稲田大学図書館副館長。専門は日本文学、特に『源氏物語』受容史および女性史。主な著書に『Yosano Akiko and The Tale of Genji』(2000年)、『Autobiography of a Geisha』(増田小夜著、『芸者 苦闘の半生涯』(平凡社、1957年初出)の英訳、2003年)、『The Female as Subject: Reading and Writing in Early Modern Japan』(共編著、2010年)『An Imperial Concubine’s Tale: Scandal, Shipwreck, and Salvation in Seventeenth-Century Japan』(2013年)などがある。
レポート
「光源氏は出家し損ねた釈迦なのではないか」――荒木教授によれば、北インドの王子として生まれた釈迦と桐壺帝の子として生まれた光源氏は、その人物造形にさまざまの共通項がある一方で、反転像とも言える設定も数多く見られるという。本講演では『源氏物語』を仏教文学の視点でとらえ直し、ブッダの伝記や経典、説話、注釈書など幅広い資料への緻密な分析を交えて解説した。
◆六条院のアイデアはブッダの「三時殿(さんじでん)」?
光源氏とブッダとの最大の共通点の一つが、気候・季節に即した邸宅に正妻や側室を住まわせた点であるという荒木教授。ブッダは『今昔物語集』の仏伝の中で正妻のヤショダラを捨てて仏門に入った女嫌いとして描かれつつも、同時に3人の妻を持ち、それぞれを北インドの気候(インドの経典によれば「温涼寒暑」)に即した「三時殿」に住まわせていた。一方の光源氏も、正妻・葵の上を愛しとおすことができず早くに亡くした後、六条院という邸宅をつくり、「春秋冬夏」という独特の配列を期した「四季殿」に愛する女性を住まわせた。これを「1人の正妻への愛を果たせず、3人の妻を3つの館におのおの据えたブッダに着想を得たもの」と荒木教授は考察する。同様の示唆は『今昔物語集』の注解にも見られるという。奇妙な配列については、暑すぎず寒すぎず過ごしやすい時季、寒い時季、暑い時季という北インドの3つの気候に当たる「温涼寒暑」(『過去現在因果経』)が漢訳の際に「春秋冬夏」(『修行本起経』)とされ、これに日本の四季が当てられたのではないかと指摘した。また、ブッダが在家であっても出家しても大成功を収めるとの二重肯定の予言を受けた一方で、源氏はその裏返しともとれる二重否定の予言を受けている点も奇妙に一致する。ほかにも正妻よりも父の後妻(義母)に恋慕している点など8つの類似点があるという。
◆密通の子にとっての聖痕(スティグマ)
光源氏の晩年の妻・女三宮とブッダの正妻・ヤショダラの出産に関する疑義についても、両者には大きな共通点があると荒木教授は分析する。女三宮の子・薫は、実は三宮の愛人・柏木の子で、本当の父に会いたいという思いを強く持っていた。他方ブッダの正妻ヤショダラがブッダの出家後6年して産んだ子・ラゴラ(ラーフラ)は不義の子とのそしりを受けたが、『法華経』の注釈書『法華文句』によるとブッダの帰国後、多くの人の中からブッダを探し出したほど、ラゴラの父に対する思いは強かったという。
一方、正反対ともとれる設定も描かれている。ヤショダラの出生の疑義について、『法華経』の注釈書『大智度論(だいちどろん)』には、ラゴラがブッダによく似ているとブッダの父が認めたため、ヤショダラは不義の疑いを晴らすことができたとある。しかし、源氏は父・桐壺帝の後妻・藤壺との密通によって出生した男宮に容姿がよく似ており、その点を父・桐壺帝から突き付けられ、藤壺とともに青ざめてしまう。一方が似ていることで疑義を晴らしたのに対し、他方は似ていることが主人公たちをとんでもない恐怖に陥れることになる。「子が父を慕い、追い求める」という点、そして「父と子の容姿がよく似ているが故に両者に血縁の存在を認めることができる」という点において、二つの作品は「まるでパロディーであるかのような距離感を示している」(荒木教授)。
◆悪魔の子、ラーフラ
一方、タイ、カンボジアなど南アジアに広まった南伝仏教では、ラゴラはやはり不義の子だとの説があるという。仏教学者の並川孝儀は、ラーフラは悪魔性を有する者という意味を持っており、ヤショダラが釈迦族の家系を断ち切るほどの罪を背負った者を産み落としたためにブッダの出家が促されたと考察した。ブッダの伝記『ブッダチャリタ』の漢訳である『仏書行賛』や『仏本行集経』にもラーフラの出生を見届けたブッダが出家の旅に出るとの記述がある。荒木教授は「漢文に長けた紫式部がこういったエピソードを知っていたとしても不思議ではない」と論じた。
中世から綿々と読解が重ねられ、数々の注釈書を生み出してきた『源氏物語』。現在も年間200~300本の論文が発表されているという。この“世界文学”に新たな解釈を付した荒木教授の講演には参加者からも大きな関心が寄せられ、講演後は活発な質疑応答が行われた。