【新渡戸リーダーシップ・プログラム公開講演】
自ら未来をデザインし、実現する―日本が課題解決先進国になるには

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  • 講師: 藻谷 浩介 (株式会社日本総合研究所 主席研究員)
  • 日時: 2019年9月7日(土) 2:00~3:15 pm (開場 1:30 pm)
  • 会場: 国際文化会館 講堂
  • 用語: 日本語(通訳なし)
  • 参加費: 無料 (要予約)
  • 助成: 一般財団法人MRAハウス、公益財団法人渋沢栄一記念財団

日本各地、世界各国の現場を訪れ、地形や地域経済、観光、人口動態、郷土史などから多面的に分析している地域エコノミストの藻谷氏。経済成長と現役世代人口の増減の関係に着目したり、既存の西欧型マネー資本主義の経済システムに対して、お金に換算できない自然やコミュニティーを有効利用する「里山資本主義」というサブシステムを提唱するなど、課題解決に常に新たな観点を取り入れています。日本は過疎化で消失の危機に直面している地域も多いといわれている一方で、世界の中の一地域として捉えてみると、地政学的にも文化的にも大きな利があると藻谷氏は説述しています。膨大なフィールドワークから読み解く国内外の地域社会の実情と可能性から、日本発の新しい社会の仕組みや、必要なリーダー像についてお話しいただきます。

藻谷 浩介 (株式会社日本総合研究所 主席研究員)
1964年山口県生まれ。88年日本開発銀行(現・株式会社日本政策投資銀行)入行、94年コロンビア大学経営大学院卒業。2012年より現職。平成の大合併以前の全3,200市町村と、海外105カ国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興、人口成熟問題、観光振興などに関し、精力的に研究・著作・講演を行う。著書に『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』(角川書店、2010年)、『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』(角川書店、2013年)など。近著に『世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記』(毎日新聞出版、2018年)、『完本・しなやかな日本列島のつくりかた: 藻谷浩介対話集』(新潮文庫、2018年)、『世界まちかど地政学 Next』(文藝春秋、2019年)。

レポート

日本が抱える最も重要な課題は国際競争力の低下でも、低成長でもなく、少子化にあるという藻谷氏。統計資料を分析することで現実を正しく認識し、課題に順応しつつある地域から学ぶことが肝要だと説明した。
講演の冒頭、藻谷氏が「バブル期と比べて日本の国際競争力は低下したか否か」とオーディエンスに問いかけると、多くの人は低下したと答えた。しかし、客観的な数字やデータを調べてみると、日本はバブル期の倍以上も外貨を稼ぎ、輸出額は20年前に比べて6割増、ドル換算しても倍増していることがわかる。藻谷氏は私たちがいかに客観的データを無視して世間の風潮やイメージにとらわれているのかを説明したうえで、己の無知を知り、よくわからないことは、ブログなどではなく信頼性の高い情報源で事実を調べて考えることが大事だと力説した。

さらに、日本の課題は経済の低成長ではなく、少子化とそれに伴う人手不足にあると説き、過去5年間の人口の推移から、全国的に子どもの数が減り、高齢者の数が増えていることを示した。東京・神奈川・千葉・埼玉の一都三県では高度経済成長期に地方から流入した多くの若者が、この5年間で65歳を迎えたことで高齢者の数が25%も増加した。都市部への生産年齢人口の流入は依然とどまることがなく、地方の人手不足を深刻化させている。
しかし、この課題にうまく順応しようとしている地域もある。例えば島根県では全国的なトレンド同様、子どもの数は減ってはいるものの、出生率は1.9人と沖縄に次いで高く、高齢者のこの5年間の増加率もわずか1%となっている。この背景には高度成長期に若者がごっそり都会へ流出したという事実があり、団塊世代=「高齢者のなり手」が少なく、医療福祉にかかる負担増のない分、教育・子育て支援が手厚くなり、結果的に待機児童ゼロなど子育て世代に優しいサポート体制の実現につながっている。

藻谷氏は著書の『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』(角川書店、2013年)の中で、お金に換算できない地域住民同士のつながりや自然などの資源を有効活用することが大切だとも主張している。島根県だけでなく、過疎に苦しんできた自治体の一部では子どもの数の減少ペースがゆるやかになりつつあるというが、そういった地域の人々が生きていくために必要なものを自作し、生涯現役で働き、地域ぐるみで子どもを見守ることのできるコミュニティーを築いてきたことが、結果として少子化という課題への順応につながったのである。島根県の女性(25~39歳)の就業率は82%で全国一の高さだが、もし各都道府県の女性が、島根県の女性並みに出産後に職場復帰や就業ができるようになると、440万人の労働力が創出できるという。これは海外から日本に入ってくる労働者数60万人と比べると大変な数字で、人手不足という日本のもうひとつの課題の克服に大きく寄与することが期待できる。

日本が直面する課題に偶然にもうまく順応してきた島根県をはじめ、日本の過疎地の中にはすでに少子化とそれに伴う人手不足という課題にしなやかに対応している地域がある。もちろん、諸々の条件が違うため、ある地域で成功した事例をまるごとほかの地域に移転すればよいとは限らないが、藻谷氏は、島根県の例などをヒントにすれば、ほかの地域にもできないことはないと力強いメッセージを送った。

 

新渡戸リーダーシップ・プログラムとは

「新渡戸リーダーシップ・プログラム」は、国際文化会館が2008年度から10年間実施した人材育成プログラム「新渡戸国際塾」の後継事業です。世の中の技術革新やボーダレス化が進む中、ますます多様化・複雑化する社会の課題に取り組もうとしている学生や若手社会人が一歩を踏み出すための「場」と「機会」を提供しています。参加者たちはさまざまな分野の第一線で活躍する講師や仲間との知的格闘を通じて、革新的な視点や方法で「自ら未来をデザインし、実現する」ことを目指します。