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- スピーカー: バリー・ユアグロー(作家)、川上未映子(作家)
- 司会: 柴田元幸(翻訳家)
- 日時: 2018年4月16日(月) 7:00~8:30 pm
- 会場: 国際文化会館 樺山・松本ルーム
- 用語: 日本語・英語(日本語への逐次通訳のみ)
- 会費: 1,000円(学生:500円、国際文化会館会員:無料) 要予約
『一人の男が飛行機から飛び降りる』や『ケータイ・ストーリーズ』、『真夜中のギャングたち』などの奇想天外で白昼夢のような超短編を書き続けている、気鋭の作家バリー・ユアグロー氏が、12年ぶりに来日します。同じく短編の名手で、「愛の夢とか」や「彼女と彼女の記憶について」、「ウィステリアと三人の女たち」など、何気ない日常がドラマに変わる瞬間をとらえた短編作品を生み出してきた作家の川上未映子氏と、短編について、人生について、創作についてじっくりと語り合います。司会にはユアグロー氏の著作をこれまで6冊翻訳されてきた、柴田元幸氏をお迎えします。
バリー・ユアグロー
©Charles Raban |
シュールで奇妙かつ愉快な超短編で知られる作家・パフォーマー。南アフリカ生まれ。主な著書に『一人の男が飛行機から飛び降りる』(新潮文庫、1999年)や『ケータイ・ストーリーズ』(新潮社、2005年)があり、『セックスの哀しみ』 (白水uブックス、2008年)においては映画版に自らも出演している。最新作は片づけられないことに焦点を当てた自叙伝『Mess』(W.W.Norton & Co, Inc., 2015)。他にも子供のためのアンチ子供本『たちの悪い話』(新潮社, 2007年)も出版。日本語への翻訳版の多くは柴田元幸氏が手掛けている。その他の活動として、パフォーマーとしてMTVやラジオに出演。劇場用にアダプテーションした『憑かれた旅人』で、サンダンス・シアター・ラボに招待され、アメリカのへヴィメタルバンド・アンスラックスのミュージックビデオにも出演している。
ユアグロー氏の物語は雑誌やアンソロジーにも収録されており、『ニューヨーク・タイムズ』や『ニューヨーカー』ウェブ版、『ウォール・ストリート・ジャーナル』、『スピン』、『パリス・レビュー』、『ニューヨーク・レビュー・デイリー』、『朝日新聞』などに寄稿している。現在はニューヨークとイスタンブール在住で、頻繁に世界を旅してまわっている。
川上未映子
作家・詩人。大阪府生まれ。2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年、第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。短編「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。著作は複数言語に翻訳されており、海外でも高い評価を得ている。『早稲田文学増刊 女性号』では責任編集を務めた。2018年3月30日には短編集『ウィステリアと三人の女たち』(新潮社)が刊行される。
柴田元幸
アメリカ文学研究者、翻訳家。東京生まれ。著書に『生半可な学者』 (講談社エッセイ賞 受賞)、『アメリカン・ナルシス』(サントリー学芸賞受賞)、『ケンブリッジ・サーカス』など。ポール・オースター、レベッカ・ブラウン、スティーブン・ミルハウザー、フィリップ・ロスなど、現代アメリカ文学を数多く翻訳し、日本の文学シーンに多大な影響を与える。訳書トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞を受賞。東京大学名誉教授。文芸誌『MONKEY』編集人。最近の翻訳書にレアード・ハントの『ネバーホーム』、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒けん』がある。
レポート
2016年、ニューヨークで開かれた文芸誌『Monkey Business』(柴田氏編集人)のイベントで親交を深めたという川上氏とユアグロー氏。ユアグロー氏の12年ぶりの来日を機に、国際文化会館で対談が行われた。
講演は二人の作家の朗読からスタート。「百聞は一見に如かず。というより百見は一聞に如かず、ですかね」と司会の柴田氏が促すと、ユアグロー氏は、一人の男が麻袋に身をねじ込もうと奮闘する超短編「Burlap(黄色の麻布)」を、川上氏は、ピアノの音に誘われて始まった主婦二人の交流を描いた短編作「愛の夢とか」を朗読した。その後、柴田氏が今回の対談のタイトルになっている“声”について、作家として、あるいは小説としての声をどのように捉えているか二人に尋ねると、ユアグロー氏は一つ一つ言葉を選びながら、「作家にとって最も重要なもの。皆、若い頃に読んだ作家に影響を受けるが、他の作家の声を自分のものにすると同時に、自分自身からも声が生まれる必要がある。私にとっては、特にその過程が大事」と語った。一方、ボイスとは何かを考え続けているという川上氏も「とても重要なもの」とした上で、ボイスを「その人(ひと)性」と例え、「テーマとも文体とも違って、名指しできない。言葉以外のところで感じることしかできない、リズムのようなものと関係しているかもしれない」と語った。
川上氏が文壇デビューした当初、世間が氏に抱いていた印象は「大阪弁で書く人、哲学的な言葉を使う人」というものだったという。そこから離れる意図はあったかと柴田氏に尋ねられると、川上氏は「前作と違うことをしなくてはいけない、同じことをしてはいけないという、いろんなオブセッションがあった気がする。その時その時でボイスが自然に変わっていった」と当時を振り返った。そんな川上氏の作品を「たくさんのキャラクターの視点から物語っている」と評するユアグロー氏。前述の“声”について「自分自身から声が生まれる過程は、特にナルシストな私には重要」と自虐的に語り、会場の笑いを誘っていたユアグロー氏は「私にはそれができない。私の話は常に私が主人公であり、主題になっているから」とし、作品に登場する主人公を「自分と完全に同一ではなく、ペルソナ(外に向けられた人格)。自分とつながっているけれど、作られたもの」と分析した。
奇想天外な短編の名手と評されるユアグロー氏。氏にとって、短編を書くことは、ひとつの石を池に投げて、その波紋を見ているような感じがするそうだ。短編という形式には「長編のように一つの世界に留まることなく、描かれている世界を常に書き換えられる自由がある」と言う。対談前に彼の作品群を読み直したという川上氏は「短い作品あるいはリズムが積み重なることで、一編ずつ読むのとは別の迫力とリアリティを持つように感じた」と語った。
作品が生まれる社会状況や個人的経験について柴田氏が尋ねると、川上氏は今年初頭に著した『ウィステリアと三人の女たち』について触れ、同著や「三月の毛糸」(『それでも三月は、また』収録)の執筆に東日本大震災が大きく関わっていたと語った。また、短く積み重ねられた物語と一つの大きな物語の違いを考えることは、津波による膨大な死と日々の個別の死の違いに思いを巡らすことと重なったと言葉を続けた。ユアグロー氏も川上氏と同じく、自身を政治的な作家とは位置づけていないとしながらも、トランプ政権後のアメリカ社会を「ホラー映画が現実となったよう」だと表現。そこから逃げ出したいとの気持ちから生まれた近作は、今のアメリカの政治情勢を反映していると明かした。